#カミファ 2025/08/26 Tue 瞳に映るもの #カミファ ZZ-カミーユの看病をするファ 読む いつもの時間。仕事の休憩の合間に、ファはカミーユが療養する一室の扉を開いた。 「カミーユ、お散歩しましょうか」 今日は天気がいいから、そう言いながら窓の外をぼーっと眺める虚な瞳を覗き込んだ。今は何を見ていたのかしら、そう考えてみたが、当然わかるはずはない。それでもファは微笑みかける。 掛け布団を優しく傍に寄せ、側にある車椅子に彼を乗せようとした。その時、カミーユの手がファの頬に触れた。一瞬何が起きたのかわからないファだったが、その手が優しく頬を撫でてくれている。それが少しくすぐったいと笑った。 「か、カミー……」 「フォウ、来てくれたんだね」 まっすぐとファを見つめているはずのカミーユの瞳。だが、そこにファの姿は映っていなかった。 カミーユは地球で恋をしてきた。それは自分じゃない誰か。あの時すでに、カミーユは心を地球に置いてきてしまったのではないか。 しばらく呆然としていたファだったが、我に帰るとカミーユの手を取り、自身の頬から離した。 「ごめんね。あたしはフォウって子じゃないの……」 カミーユの心が宇宙に砕けた日、あの日からカミーユはその名前を何度も口にした。どこにいるのか、会いたかった、待っていた、その言葉の後に出てくるのは知らない名前。 その名前を聞くたびに、ファは何度も何度も挫けそうになった。もしかしたらカミーユは一生このままなのではないか。そう一瞬でも思ってしまう。だが、ファは諦めなかった。 「辛いのはカミーユの方よね」 カミーユが怯える表情を見せることが日に日に増えてきた。今でも宇宙の戦いを感じ取っているのだろう。 昔から何かと多感で神経質気味な彼だが、それを大人はニュータイプと呼んだ。カミーユはそのニュータイプの力が強いらしい。 「ただの普通の男の子なのにね……」 ファはカミーユのことを特別な人だと感じたことはない。少しばかり優しすぎる心の持ち主なだけだ。そんな彼が戦争に巻き込まれ、心を傷まない訳がない。 「さ、外に出ましょう」 彼の身体を抱え、車椅子に乗せて外に出た。まるで宇宙で争いが起きているとは思えないほど、澄み切った青空が広がっている。 だが、カミーユは見向きもしなかった。キョロキョロと何かを探すように、落ち着かない様子で周りを見ている。 病院内の中庭を進み、途中のベンチ前でファは足を止め、カミーユの顔を覗き込んだ。 「ねぇカミーユ。地球に行けば、そのフォウって子に会えるのかしら?」 ファは地球の重力を感じたことがない。それは一体どんな感覚なのだろうか。コロニーの人工的な重力とは何が違うのだろうか。人々が心惹かれるほど、そんなにいいものなのだろうか……? ファは知りたかった。彼が何を見て、何を知ったのかを。 「地球でその子に会ったら。そしたら、カミーユも元気になる……?」 そう言い終わる頃には、ファの瞳から雫が流れ落ちていた。ぽたぽた、音を立てて土に染み込んでいくそれを眺めた。 無駄なことなのかもしれない。 ふとそう思ってしまってから、ガクッと膝の力が抜けた。アーガマを捨ててまでカミーユの元に戻ったのに、彼の心に自分はいない。ずっと一緒にいたのに。……いや、居ただけだったのかもしれない。 走る彼の背中を追いかけ、勝手に並んで走ったのは自分だ。彼に頼まれたわけじゃない。 彼を守りたくてパイロット候補生になったのも、勝手な欲望でしかない。彼が本当に側にいて欲しいと思う相手は、自分ではなく——。 抑えていた声が漏れそうになった時、声が聞こえた。 ——ファ。泣かないで。 その声にハッとしたファは顔を上げた。 「カミーユ……?」 涙を瞳に溜めたまま、カミーユを見れば、いつものように無表情な、その瞳にファの姿が映った。 「ファ」 たったそれだけ。口を開いたかと思えば、すぐに閉じられてしまった。それでも「ァ」が伸びる、彼の呼び方そのものだった。気のせいではなく、正真正銘彼からの言葉だ。 それに心なしか、彼の口角が上がっているように見える。 彼が励ましてくれていると感じ取ったファはフッと噴き出して笑った。 「ごめんなさいカミーユ。あたし、どうかしていたわ……」 ファは指で涙を払いのけると、服についた砂を手で払い立ち上がった。飛んで行った雫がキラキラと光る。 カミーユはその雫を見守り、ファの動きを追うように顔を上げた。そのまま視線は空に向けている。 「楽しいお散歩の時間だものね」 カミーユの肩に掛かっているカーディガンを綺麗に整え、彼の髪も整えてあげた。ふわふわとした彼の髪を指でなぞる。そろそろ髪を切ってもらう時期だろう。そう考えているファの手を、カミーユが優しく掴んだ。 「ファ」 「……、なぁに?」 また名前を呼んでくれた。ファはそれが嬉しくて彼の言葉を待つように笑いかけた。彼は今、まっすぐと自分を見つめてくれている。それだけで十分で、それだけで満たされる自分自身にファは気付く。 例え元気になったカミーユが自分を求めなくとも、彼の元気な姿さえ見れればそれでいい。ファはいつもの調子を取り戻した。 吹っ切れたような、曇りのない表情のファを見つめるカミーユは、言葉の代わりに微笑み返してみせた。 言葉は何もない。そのはずなのに、ファにはカミーユが何を言いたかったのかがわかった気がした。 「そうね、空が綺麗ね」 カミーユの手を両手で包みながら、ファは空を見上げた。カミーユも、同じように空を見上げた。 2025.08.26閉じる
#カミファ
ZZ-カミーユの看病をするファ
いつもの時間。仕事の休憩の合間に、ファはカミーユが療養する一室の扉を開いた。
「カミーユ、お散歩しましょうか」
今日は天気がいいから、そう言いながら窓の外をぼーっと眺める虚な瞳を覗き込んだ。今は何を見ていたのかしら、そう考えてみたが、当然わかるはずはない。それでもファは微笑みかける。
掛け布団を優しく傍に寄せ、側にある車椅子に彼を乗せようとした。その時、カミーユの手がファの頬に触れた。一瞬何が起きたのかわからないファだったが、その手が優しく頬を撫でてくれている。それが少しくすぐったいと笑った。
「か、カミー……」
「フォウ、来てくれたんだね」
まっすぐとファを見つめているはずのカミーユの瞳。だが、そこにファの姿は映っていなかった。
カミーユは地球で恋をしてきた。それは自分じゃない誰か。あの時すでに、カミーユは心を地球に置いてきてしまったのではないか。
しばらく呆然としていたファだったが、我に帰るとカミーユの手を取り、自身の頬から離した。
「ごめんね。あたしはフォウって子じゃないの……」
カミーユの心が宇宙に砕けた日、あの日からカミーユはその名前を何度も口にした。どこにいるのか、会いたかった、待っていた、その言葉の後に出てくるのは知らない名前。
その名前を聞くたびに、ファは何度も何度も挫けそうになった。もしかしたらカミーユは一生このままなのではないか。そう一瞬でも思ってしまう。だが、ファは諦めなかった。
「辛いのはカミーユの方よね」
カミーユが怯える表情を見せることが日に日に増えてきた。今でも宇宙の戦いを感じ取っているのだろう。
昔から何かと多感で神経質気味な彼だが、それを大人はニュータイプと呼んだ。カミーユはそのニュータイプの力が強いらしい。
「ただの普通の男の子なのにね……」
ファはカミーユのことを特別な人だと感じたことはない。少しばかり優しすぎる心の持ち主なだけだ。そんな彼が戦争に巻き込まれ、心を傷まない訳がない。
「さ、外に出ましょう」
彼の身体を抱え、車椅子に乗せて外に出た。まるで宇宙で争いが起きているとは思えないほど、澄み切った青空が広がっている。
だが、カミーユは見向きもしなかった。キョロキョロと何かを探すように、落ち着かない様子で周りを見ている。
病院内の中庭を進み、途中のベンチ前でファは足を止め、カミーユの顔を覗き込んだ。
「ねぇカミーユ。地球に行けば、そのフォウって子に会えるのかしら?」
ファは地球の重力を感じたことがない。それは一体どんな感覚なのだろうか。コロニーの人工的な重力とは何が違うのだろうか。人々が心惹かれるほど、そんなにいいものなのだろうか……?
ファは知りたかった。彼が何を見て、何を知ったのかを。
「地球でその子に会ったら。そしたら、カミーユも元気になる……?」
そう言い終わる頃には、ファの瞳から雫が流れ落ちていた。ぽたぽた、音を立てて土に染み込んでいくそれを眺めた。
無駄なことなのかもしれない。
ふとそう思ってしまってから、ガクッと膝の力が抜けた。アーガマを捨ててまでカミーユの元に戻ったのに、彼の心に自分はいない。ずっと一緒にいたのに。……いや、居ただけだったのかもしれない。
走る彼の背中を追いかけ、勝手に並んで走ったのは自分だ。彼に頼まれたわけじゃない。
彼を守りたくてパイロット候補生になったのも、勝手な欲望でしかない。彼が本当に側にいて欲しいと思う相手は、自分ではなく——。
抑えていた声が漏れそうになった時、声が聞こえた。
——ファ。泣かないで。
その声にハッとしたファは顔を上げた。
「カミーユ……?」
涙を瞳に溜めたまま、カミーユを見れば、いつものように無表情な、その瞳にファの姿が映った。
「ファ」
たったそれだけ。口を開いたかと思えば、すぐに閉じられてしまった。それでも「ァ」が伸びる、彼の呼び方そのものだった。気のせいではなく、正真正銘彼からの言葉だ。
それに心なしか、彼の口角が上がっているように見える。
彼が励ましてくれていると感じ取ったファはフッと噴き出して笑った。
「ごめんなさいカミーユ。あたし、どうかしていたわ……」
ファは指で涙を払いのけると、服についた砂を手で払い立ち上がった。飛んで行った雫がキラキラと光る。
カミーユはその雫を見守り、ファの動きを追うように顔を上げた。そのまま視線は空に向けている。
「楽しいお散歩の時間だものね」
カミーユの肩に掛かっているカーディガンを綺麗に整え、彼の髪も整えてあげた。ふわふわとした彼の髪を指でなぞる。そろそろ髪を切ってもらう時期だろう。そう考えているファの手を、カミーユが優しく掴んだ。
「ファ」
「……、なぁに?」
また名前を呼んでくれた。ファはそれが嬉しくて彼の言葉を待つように笑いかけた。彼は今、まっすぐと自分を見つめてくれている。それだけで十分で、それだけで満たされる自分自身にファは気付く。
例え元気になったカミーユが自分を求めなくとも、彼の元気な姿さえ見れればそれでいい。ファはいつもの調子を取り戻した。
吹っ切れたような、曇りのない表情のファを見つめるカミーユは、言葉の代わりに微笑み返してみせた。
言葉は何もない。そのはずなのに、ファにはカミーユが何を言いたかったのかがわかった気がした。
「そうね、空が綺麗ね」
カミーユの手を両手で包みながら、ファは空を見上げた。カミーユも、同じように空を見上げた。
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