#カミファ 2025/08/26 Tue いつか届くと #カミファ カミーユ精神崩壊直後-カミーユ視点 読む「ファは強い子だから」 今思えば、その言葉に随分と甘えていたと思う。志願兵として軍に所属してから、たくさんの理不尽を味わって来た。それでもファは諦めず、戦い抜いた。 ひとり生き残ったファは、アーガマ唯一のパイロットとして充分やってくれたと思う。クワトロ大尉もエマさんもいない。ひとりでアーガマを守る姿を、何もできずに僕は見守った。 長い長い夢を見ていた。そんな感覚だ。ベッドに横たわる自分を、その側で俯瞰する。不思議な感覚だった。幽体離脱なんて言葉があるが、それに近いものではないかと今なら思える。だけどあの時はそうも言ってられなかった。自分の身体を見下ろしているはずなのに、気がつけばベッドをも通過し、外に広がる宇宙を見てしまう。 耳には誰かの声が聞こえてくる。誰もいないはずの病室で、廊下から誰かが歩く音が聞こえてくる。誰かがくる。その感覚に、なぜか怯えた。 足音ともに、誰かの意思が頭に響いている。それは哀しみだった。張り裂けそうなくらい心が哀しみに満ちて、それは今にも壊れそうで、しかしそれをなんとか抑えている。その人は泣くにも泣けないのだろう。 その人の心に可哀想だと同情するのも違った。ただひたすら、その気持ちが自分の気持ちだと錯覚してしまうのだ。 違う誰かの感情が入ってきた。それはあっという間に心が哀しみに満ちていった。身体を、精神が誰かに乗っ取られていく。そんな感覚に怯えていた。 「カミーユ、ご飯を食べましょう」 そう言って食事を運んできたのはファだった。あんなにも哀しみを抱えているのに、その表情は柔らかく、凛とした中に優しい温かみのある声が僕の心を塗り替えてくれた。 ——ファ! 彼女の名前を呼んだ。そして彼女を抱きしめた。そうしているはずなのに、自分の身体はいまだにベッドの上から動いていない。 触れられない。 それがこんなにも怖いことだと思ったことがなかった。グリーンオアシスにいた時は、鬱陶しさを覚えてしまうほどいつも彼女が隣にいた。爪を噛むな、風呂に入ったか、なんて母親代わりを気取っている。そんなことを思ってしまった日もあった。 手を伸ばせば触れられる距離にファがいた。いや、居てくれていたんだと今ならわかる。 地球でフォウを亡くした悲しみを抱いたまま、アーガマに帰還した時。居住区ではつい彼女の姿を探してしまった。だがどこを探してもファの姿は見えない。 喧嘩をしたまま地球へ降下したことを悔やんだのは当然だ。あんなやりとりが最後になるなんて、考えてすらいなかった。 だけど、これが彼女にとっては幸せなんじゃないかと思いもした。自分のせいで彼女が両親と離れ離れになったのだから、僕なんていない方がいい。憎むべきだと。 そして戦争とは関係のないところで、元気に暮らしてほしい。そう思いながらも、心には不安がひとかけらあった。 そんな不安を抱えていたが、ファはパイロット候補生としてアーガマに戻ってきた。それは嬉しいことでもあったが、同時に、また巻き込んでしまったという後悔もあった。 ファにパイロットは似合わない。戦う人間ではないからだ。将来の夢として人の役に立つことを目標にしていた、優しい女の子なのに……。 アーガマではたくさん喧嘩をした。それをレクリエーションだとか揶揄われたが、少しだけグリーンオアシスでの日常が戻ったような感覚があった。これも今思えば安心感というやつなのだろう。 強くて優しい。そんなファに対して甘えながらも、随分とぞんざいに扱ってしまった。フォウのことを諦めきれずにいたことを、当然見抜いていただろう。それでも甘えさせてくれた。彼女が拒否してこないことを、僕もわかっていた。酷い話だと思う。卑怯な奴だと今にしてわかる。 だが、何もかも遅すぎた。 後悔も懺悔も、ファの気丈さに惹かれていたことに気付いたのも、彼女に触れることすらできないとわかった時だった。 薄く開かれた口に、ファがゆっくりと食事を流し込んでいく。口からこぼれた液体をそっと拭っては、諦めずに食事を運んでくれている。 「もうすぐで病院に連れて行けるわ。そうしたらゆっくり休んで……、元気になるのよ。横になっているだけのカミーユなんて、カミーユらしくないもの!」 そう励ましてくれるファの肩に、腕を伸ばした。触れられない。でも、彼女の温かさだけは伝わってきた。 ファは戦争が終わればいつもみたいな日常に戻れるのか、そう聞いてきたことがあった。その時、僕はそれを肯定することができなかった。自分の役割を理解したからだ。でも、今なら僕もファと同じ気持ちだ。 ——あの頃に、戻りたいな……。 隣に並んで走るファに。口うるさく叱ってくれるファに。誰にでも優しいファに、もう一度触れたい。 白く細い身体を抱きしめていても、その実感がない。でも、ファは確実にそばにいる。こんな僕を見捨てず、ずっとそばにいてくれている。 彼女が抱える哀しみは、その原因は僕だ。ファの胸の奥でトゲとなって刺さる哀しみを、取り除いてあげたい。そうすれば心から笑ってくれるはず。いつものように叱ってくれるはず。いつもの日常の、その先を二人で歩いて行けるはずだ。 ——ファ。ごめん。ありがとう。 今はまだ触れられないが、いつかこの手が君に届くように……。 2025.08.26閉じる
#カミファ
カミーユ精神崩壊直後-カミーユ視点
「ファは強い子だから」
今思えば、その言葉に随分と甘えていたと思う。志願兵として軍に所属してから、たくさんの理不尽を味わって来た。それでもファは諦めず、戦い抜いた。
ひとり生き残ったファは、アーガマ唯一のパイロットとして充分やってくれたと思う。クワトロ大尉もエマさんもいない。ひとりでアーガマを守る姿を、何もできずに僕は見守った。
長い長い夢を見ていた。そんな感覚だ。ベッドに横たわる自分を、その側で俯瞰する。不思議な感覚だった。幽体離脱なんて言葉があるが、それに近いものではないかと今なら思える。だけどあの時はそうも言ってられなかった。自分の身体を見下ろしているはずなのに、気がつけばベッドをも通過し、外に広がる宇宙を見てしまう。
耳には誰かの声が聞こえてくる。誰もいないはずの病室で、廊下から誰かが歩く音が聞こえてくる。誰かがくる。その感覚に、なぜか怯えた。
足音ともに、誰かの意思が頭に響いている。それは哀しみだった。張り裂けそうなくらい心が哀しみに満ちて、それは今にも壊れそうで、しかしそれをなんとか抑えている。その人は泣くにも泣けないのだろう。
その人の心に可哀想だと同情するのも違った。ただひたすら、その気持ちが自分の気持ちだと錯覚してしまうのだ。
違う誰かの感情が入ってきた。それはあっという間に心が哀しみに満ちていった。身体を、精神が誰かに乗っ取られていく。そんな感覚に怯えていた。
「カミーユ、ご飯を食べましょう」
そう言って食事を運んできたのはファだった。あんなにも哀しみを抱えているのに、その表情は柔らかく、凛とした中に優しい温かみのある声が僕の心を塗り替えてくれた。
——ファ!
彼女の名前を呼んだ。そして彼女を抱きしめた。そうしているはずなのに、自分の身体はいまだにベッドの上から動いていない。
触れられない。
それがこんなにも怖いことだと思ったことがなかった。グリーンオアシスにいた時は、鬱陶しさを覚えてしまうほどいつも彼女が隣にいた。爪を噛むな、風呂に入ったか、なんて母親代わりを気取っている。そんなことを思ってしまった日もあった。
手を伸ばせば触れられる距離にファがいた。いや、居てくれていたんだと今ならわかる。
地球でフォウを亡くした悲しみを抱いたまま、アーガマに帰還した時。居住区ではつい彼女の姿を探してしまった。だがどこを探してもファの姿は見えない。
喧嘩をしたまま地球へ降下したことを悔やんだのは当然だ。あんなやりとりが最後になるなんて、考えてすらいなかった。
だけど、これが彼女にとっては幸せなんじゃないかと思いもした。自分のせいで彼女が両親と離れ離れになったのだから、僕なんていない方がいい。憎むべきだと。
そして戦争とは関係のないところで、元気に暮らしてほしい。そう思いながらも、心には不安がひとかけらあった。
そんな不安を抱えていたが、ファはパイロット候補生としてアーガマに戻ってきた。それは嬉しいことでもあったが、同時に、また巻き込んでしまったという後悔もあった。
ファにパイロットは似合わない。戦う人間ではないからだ。将来の夢として人の役に立つことを目標にしていた、優しい女の子なのに……。
アーガマではたくさん喧嘩をした。それをレクリエーションだとか揶揄われたが、少しだけグリーンオアシスでの日常が戻ったような感覚があった。これも今思えば安心感というやつなのだろう。
強くて優しい。そんなファに対して甘えながらも、随分とぞんざいに扱ってしまった。フォウのことを諦めきれずにいたことを、当然見抜いていただろう。それでも甘えさせてくれた。彼女が拒否してこないことを、僕もわかっていた。酷い話だと思う。卑怯な奴だと今にしてわかる。
だが、何もかも遅すぎた。
後悔も懺悔も、ファの気丈さに惹かれていたことに気付いたのも、彼女に触れることすらできないとわかった時だった。
薄く開かれた口に、ファがゆっくりと食事を流し込んでいく。口からこぼれた液体をそっと拭っては、諦めずに食事を運んでくれている。
「もうすぐで病院に連れて行けるわ。そうしたらゆっくり休んで……、元気になるのよ。横になっているだけのカミーユなんて、カミーユらしくないもの!」
そう励ましてくれるファの肩に、腕を伸ばした。触れられない。でも、彼女の温かさだけは伝わってきた。
ファは戦争が終わればいつもみたいな日常に戻れるのか、そう聞いてきたことがあった。その時、僕はそれを肯定することができなかった。自分の役割を理解したからだ。でも、今なら僕もファと同じ気持ちだ。
——あの頃に、戻りたいな……。
隣に並んで走るファに。口うるさく叱ってくれるファに。誰にでも優しいファに、もう一度触れたい。
白く細い身体を抱きしめていても、その実感がない。でも、ファは確実にそばにいる。こんな僕を見捨てず、ずっとそばにいてくれている。
彼女が抱える哀しみは、その原因は僕だ。ファの胸の奥でトゲとなって刺さる哀しみを、取り除いてあげたい。そうすれば心から笑ってくれるはず。いつものように叱ってくれるはず。いつもの日常の、その先を二人で歩いて行けるはずだ。
——ファ。ごめん。ありがとう。
今はまだ触れられないが、いつかこの手が君に届くように……。
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